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オリンピアンの言葉に学ぶ2

ロンドン五輪ではメダル0に終わった男子柔道。

リオでは全7階級でメダルを獲得しました。

この偉業のキーパーソンは井上康生監督ですね。

シドニーオリンピック100kg級の金メダリスト。

柔道という伝統を重んじる組織の中で、
井上監督は、数々の改革を進めてきました。

それまでの体育会系根性論を一掃し、
量よりも質の科学的なトレーニングを取り入れました。

先日スマスマに出演していた東海大学の学生で金メダリストのベイカー選手も、
柔道の稽古は2時間半で終わるとこたえていました。
2時間半って、一般的な中学校の体育会系部活よりも、短時間ですよね。


以前は、気合や根性を重視し、
たとえケガをしていても、強化合宿への参加を強要し、
走り込みや乱取りなど、目的のはっきりしない長時間の単調な稽古が
続けられていたそうです。

井上監督は、栄養学などの専門家のアドバイスも取り入れて、
練習量に頼らない肉体改造に取り組みました。

試合後のインタビューで、井上監督は、監督に就任してからの4年について、
「選手を信じること、それだけだったと思います」と歓喜の涙を流しました。
尊敬する柔道家である井上監督に信頼されている選手たちは、
自分自身のことを信頼することができたのでしょう。


根性や気合では、最高の能力や技量を発揮することはできないのです。
根性や気合に基づくトレーニングでは、能力を高めることはできないのです。

これは柔道だけの話ではありません。

目的意識をもって、集中して、質の高いトレーニングを行うことで、
自分が思っている以上にたくさんのことを成し遂げられるはず。

頑張っているのに、思っているような成果が得られないときは、
頑張る方向や、方法を修正することが必要なときなのかもしれません。






オリンピアンの言葉に学ぶ1

リオオリンピック、銀メダルだった男子陸上400mリレーの第一走者の山縣選手。
彼のスタートの反応速度は世界第3位。
100m準決勝では、同組だったあのウサイン・ボルトよりも、速かったのだそうです。

短距離走のスターとは、スターティングブロックを蹴って、
その勢いで飛び出すように見えますよね?

山縣選手は、ブロックを蹴らないのだそうです。

蹴ろうとすると、体重が後ろに残り、遅くなる。

前に落ちているゴミを、誰よりも早く拾いに行くという感じなのだそうです。

蹴ろうとするのではなく、結果として蹴っている。

蹴ろうとする瞬間のエネルギーの向きは、後ろ方向になります。

前に進もうとしているのですから、エネルギーの無駄遣いです。

前方のゴミに集中して、行動することで、
後方でも必要なことが、最小の労力で自然と行われるのです。


これは、人生にもあてはまると思うのです。

前に向かって進もうとするとき、
目の前のものに意識を向けて、
手を伸ばして、一歩を踏み出す。

そうすると、後方でも必要なことが、自然な流れの中で起こっている。

肩の力を抜いて、目の前に落ちているゴミを拾いにいくような、
リラックスした感覚の中で、手を伸ばし、一歩を踏み出してみましょ。

一歩踏み出したその先には、これまで見たことのない、
新しい景色が広がっているはず^^

これは清水の舞台どころじゃない!

「クリフダイビング」という新しいスポーツをご存じでしょうか?

断崖などの8階ぐらいの高さに設けられたジャンピングスポットから、
水着姿で水へと飛び込むというシンプルなスポーツ。

8階だと28mぐらいの高さ(オリンピックの高飛び込みで10m)。

http://pot-spot.jp/768867/

この秋、その世界選手権が
和歌山県白浜町の景勝地「三段壁」にて開催されるのだとか。

踏み切り方、飛び込み方、入水姿勢が採点されるその間わずか3秒。

昔から、地域の子どもたちが、自らの勇気を試すために、
橋の上とか岩場から、水へと飛び込むような、
成長する過程の通過儀礼的な機会というものはあったけれど、
それがスポーツ競技になっているらしいです。
高いところが嫌いな私には信じがたいのですが。。。


近年「高所平気症」という言葉があるのだそうです。
高層マンションで育った子どもたちが、高いところを怖がらないのだと。


ここで、考えてみたいのです。

人間にとっての「恐怖」って何なのでしょう?

高いところを怖がらないということは、
生命の危機につながる可能性があります。

その一方で、その生存のための恐れを克服し、
スポーツにしてしまった「クリフダイビング」

昨年のフランスでの大会では75000人の観客を動員したそうで、
会場は興奮、熱狂に包まれたようです。

他者の恐怖を克服する姿に、人は感動をする?

確かにそうかもしれません。
スキーのジャンプ競技において、選手の飛ぶ姿を美しいと感じることがあります。

しかしながら
バンジージャンプをみても、感動することはありません。

怖さを克服したその向こう側で自分自身を表現する、
その姿に美しさを感じるのかもしれません。


赤ちゃんは「高い高い!」をされると喜びますよね。。
この例からわかるように、高所に対する恐れは、後天的なもので、
成長する過程で学習して見つけるものなのです。
その証拠に近年、高層マンション育ちで高所を怖がらない子どもが
増えているそうです。

自分自身の中の怖いと思っているもの、恐れているものは、
そのほとんどが成長する過程で学習して身につけたものです。

学習して身につけた形のないものは、
如何様にも上書をして情報を変更していくことができます。

恐れているものを敵として回避しようとするのではなく、
恐れの向こう側にある美や感動を見据えることができれば、
新しい世界が広がっていくのかもしれません。


世界にあなた自身を表現していくために、
自分自身に関する勘違いをクリアにしてしまいましょう。
そのためにDNAアクティベーションをおすすめします。



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リオ

オリンピックも間もなく閉会式。


そんな中で、陸上の400メートルリレーの銀メダル!
凄いです。ほんとに凄い。

リレーの選手は4人とも100メートルが10秒台。
日本人としては最速なのですが、
他のメダル候補国の選手たちは9秒台。

歴然とした差があります。
2秒で、約20mの差になるのですから。

そんな強豪国を差し置いて、
ジャマイカに次ぐ銀メダル!!


その秘密は、バトンパスの技術力。

チームは、早くスムーズなバトンパスの方法を研究し、
その技術を選手の皆さんが習得し、実践されたそうです。

選手だけではないチーム全体の戦略の勝利。

そして、絶対にバトンを渡し、受け取るというお互いの信頼関係。


個人の可能性を超えていく、チームの可能性。


一人の偉大な天才の努力によって成し遂げられる偉業

チームの努力の集積によって成し遂げられる偉業

どちらも素晴らしいですね。

やる気の問題なのか?

夏休みの宿題のように、やらなくちゃいけないことがあるのに、
やる気が無いから・・・と何もできないときには、
どうすればやる気になるのだろう???
と考えこんでしまうのですが、

どんなに考えても、やる気というのはなかなか見つからないものです。

やる気がある ➡ 行動できる
―これは確かにそうなのですが、

やる気が無い ➡ 行動できない
―これは必ずしもそうではありません。

例えば、夜寝る前に歯を磨くのに、やる気を必要としているでしょうか?

やる気が無くても、行動できるのです。

やる気が自然に湧いてくるのを待っているのでは、
行動の適期を逃してしまうかもしれません。

その間、行動しない自分とずっと向き合わなければなりません。

それは結構、憂鬱な時間ですよね。

やる気を求めず、ただ無心に行動する。

例えば夏休みの宿題が10問あったとします。
やる気が出るまで待ち続けるのをやめて、1問だけやってみる。
やる気が無くても1問だけならできるかもしれません。
それを10回繰り返すと全問クリアできるのです。

人生において、やる気に満ちて取り組みたい!と思えるようなテーマは、
そんなに頻繁に出会えるものではないかもしれません。
その出会いのために、身軽で居ることを大切にしましょう。

やり残しの宿題に感じるよう憂鬱は、取り除いておきましょう。

人生という冒険旅行

人生は、まるで主人公が、様々な経験を積んで、
ヒーローとなる冒険ゲームのストーリーのように、

とにかく、
まずは経験値を上げていくことが必要です。


最初から正解が用意されていたり、
最初から宝物が手に入るようなことはなくて、

とにかく、次々と、様々な、経験を重ねていく。

経験値を上げないと、
何が正しいのかが、よく分からないわけで、
どんなに探しても正解は見つからない。

じっと待っていても、
宝物が向こうからやってくることもない。

何を経験するかということは、それほど重要ではなく、
失敗や間違いも含めて、全てが、あとあと活かされていく。

とはいえ、ちょっとした攻略本や、
先人たちのアドバイスは、
折に触れて役に立つもの。

アデプトプログラムは3000年以上の歴史を持ち、
賢者と呼ばれるような幾多の先人たちが実践してきたものです。


人生をまるで冒険旅行のように、生きたいあなたのために。
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ゆるキャラ視点

せんとくんやくまもんなど、
いわゆるゆるキャラには、
それぞれに独特の人格=キャラクターがあります。

そして、これは言わないお約束ですが、
当然、その人格を演じている人がいます。

中の人。

この中の人にも、人格があります。

中の人の視点に立つと、
ゆるキャラの人格は、
人々に夢や幻想を見せるために、
ビジネスで演じているもの。

中の人自身の人格とゆるキャラの人格は、
別物です。

人は日常の中で、
ゆるキャラの中の人のように、
自身とは異なる人格を演じています。

会社員というキャラクター、
部下というキャラクター、
上司というキャラクター、
女性というキャラクター、
男性というキャラクター、

あなたが演じているキャラクター。

周りの人々の夢や幻想のために。

演じることに夢中になり過ぎて、
忘れていませんか?
あなたは演じているに過ぎないことを。

中の人であるあなた自身が、
求めているものは何でしょう?
表現したいことは何でしょう?

あなたはあなたです。
唯一無二の存在です。

中の人の視点で、
今日1日を過ごしてみてください。
自分が何を演じ、何を求めているのか、
観察してみてください。

世界の見え方が変わります。

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